時代

1971年の真冬、元ビートルズとしては初の1位を獲得したのはジョージ・ハリスン
マイ・スウィート・ロード」だった。
その後もドーンの「ノックは3回」、オズモンズの「ワン・バッド・アップル」などなど、
次々と首位は入れ替わり、シングル・ヒットを狙うという手法は混迷していく。

変革の機は熟していた。
アルバムでのトータル・プロデュースによる作品主体の時代に入ろうとしていたので
ある。

クリスマス直前から開始されたレコーディングは最小限のスタッフ以外はメンバー
のみという状況で、バンドはますます一体感を強めていった。


そんな中、欧州でのツアーを開始させた4人はかつてない障害に突き当たる。
ミラノでの出来事・・・

観客と警官との衝突で催涙弾まで飛び出す騒動の中、早々とステージを終わらせ
て楽屋に引き上げるメンバー。
しかし楽器を守ろうとするローディたちは騒ぎに巻き込まれ、流血して病院に送られ
るものもいた。
さらにやっとの思いでホテルにたどり着いた彼らに現場に居合わせた記者がやって
きてインタヴューしようとする始末、結局例によってボンゾが「説得」して記者は退散
することになる。
この騒ぎに比べるとその後のツアーは穏やかなもので、その年の秋には初めて
日本の土を踏んでいる。


こうした日々でバンドの意気はあがる一方で、3枚連続のプラチナ・ディスク獲得、
冬の間、評論家連中や悪意に満ちた解散説に悩まされていたが、この頃には余り
気にならなくなっていた。
とはいえ、こうしたアルバム主体のバンドの先駆者としてのプレッシャーは、日々
高まっていく。

その後続々登場する「第二世代」バンドもめきめきと頭角を表してくる。
ブラック・サバスエマーソン・レイク&パーマージェスロ・タルユーライア・ヒープ
米国ではグランド・ファンク・レイルロードMC5レア・アースなどツェッペリン
手法を取り入れたバンドや、マウンテンジェイムズ・ギャングステッペンウルフ
なども急速に聴衆を増やしていった。

これらのプレッシャーをものともせず、バンドは新鮮な気持ちで4枚目のアルバム
制作に挑み、何曲かの新曲を完成させたのに加えて、着手してからすでに数ヶ月
になる「謎の曲」の仕上げに取り組んでいた。

 ニュー・アルバムで(様々なプレッシャーと)雌雄を決するだけじゃなく、自分達も
 納得させなきゃならないって感じだった。
                                 -ジミー・ペイジ

本格的にレコーディングに入ったときには想像もしなかった苦労が4枚目の制作
にはつきまとうことになるのだが、こうした決意がその苦難を切り抜ける原動力に
もなっていたのである。

まずレコーディングの場所決めの時点で最初の変更が生じた。
それまで彼らはほとんどありきたりのスタジオでレコーディングしていたが創造性
を十分に発揮するには、けして最適とは言えなかった。
そこでハンプシャーにあるヘッドリィ・グランジというプライベートな場所に機材を
持ち込むこととなり、これはスタジオを離れたことによる有効性を思い知らしめる。
この件についてはペイジが語っている。

 思いついたアイデアをその場でテープに収められるなんて理想的だと思った。
 ただ一つ問題だったのは急ぎすぎたってこと、アイデアの段階で興奮しちゃって
 大急ぎで曲の形に仕上げて録音してしまったからね。
 僕の場合、スタジオ・ノイローゼというか、以前のセッション・プレイヤー時代と
 なんら変わらなくなってしまう・・・これが自宅にスタジオを作った理由のひとつ
 なんだ、赤ランプのプレッシャーなしで、自分の好きな時間にレコーディング
 できるんだから。


この時点で彼らは初期の数々のセッションから、少なくとも1ダースほどの完成
段階にある曲をテープに収めていたが、そこにヘッドリィ・グランジでの成果が
加えられて最終的に候補曲が14曲程度に絞り込まれた。

けっきょく4枚目のアルバム用に8曲を選び抜いたが、それを2トラックステレオ
にミックス・ダウンする時点で更なる問題が起こる。
エンジニアの勧めでLAのサンセット・スタジオで作業を行ったが、それが全く
出来が悪く、新しいエンジニアを探して再度ミキシングする必要があった。
実際には機材に問題があって、英国に戻って聞いてみるとこれまた使い物に
ならなかったのである。

                                 (マジで、つづくw)


【今回は】
このエピソード、ホントに次回に続いてたりするw
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by shika_monologue | 2005-07-10 00:07 | 鉛の飛行船の話 | Comments(3)

Commented by JAM at 2005-07-10 17:08 x
↑侍ジャイアンツかとおもたw。

あ、C・W・二コルさんの幼馴染判明。ローリングストーンズのブライアン氏だそうです。
Commented by ロバート・プラン豚(トン) at 2005-07-13 17:34 x
初めまして!深いですね~、続き楽しみにしております。
Commented by 奈良の鹿 at 2005-07-13 17:43 x
ども、いらっしゃいませ(^^)
私の場合、他のミュージシャンはよく知らない(それほど聴きこんでない)んで
話題が非常に偏ってますが、またお越しくださいね♪ヨロシクです(^^)
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