超越

1971年11月8日、興奮の日本初公演が終わった晩秋にそれは発売されました。
手に取ったとき、そこには何のクレジットもなく・・・いや、バンド名やアルバム名
さえありませんでした。

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前作で評論家から酷評を受けた4人はそれなら・・・ということであえて何も表示
せずに新作を世に送り出します。
内容的には前作と同様、エレクトリックとアコースティックの融合による絶妙な
ナンバーが続きますが、そこにはより高度に完成された姿がありました。

フォー・シンボルズ」「ルーン・アルバム」など、いろいろな呼び方がされます
が一ついえることは・・・

ツェッペリンの、というより、ロック史上に残る名作中の名作が誕生したという
わけです。


BLACK DOG
この4枚目A面はとにもかくにもツェッペリンを語るうえで避けては通れない
名曲で溢れていますが、この曲も独特のノリで迫ってきます。
ポリリズムという手法でトリッキーに聴こえますが、なかなかドラムとの連携
が上手くいかなかった苦い思い出がありますね(^^;)
またギター・ソロの最初の部分がなかなか指動かなくてねw
「THE SONG REMAINS THE SAME」と並び、苦労した曲ではありました。

ROCK AND ROLL
しばらくライヴのオープニング曲にもなってました、ストレートなロケンロール
ですw
ここでは普通にリズムとシンクロしたプレイをしてますが、ライヴではギター
が前ノリ的に弾かれており、よりその魅力を引き出してます(^^)
ツェッペリンがオーソドックスにロックンロールを演奏るとこうなるよ、みたい
な理屈抜きで楽しめる一曲です。
しかし、この曲を15分で作っちゃいます」かね・・・普通(-_-;)

THE BATTLE OF EVERMORE
フェアポート・コンヴェンションのシンガー、サンディ・デニーを迎えてプラント
との掛け合いも絶妙なアコースティック・ナンバーです。
スコットランド戦争の伝承文学を読んだプラントが詞を書き、マンドリンで
ペイジが曲をつけたというこの曲は、後年ペイジ=プラントでも演奏されま
したが、このときはパキスタンの歌手、故・ヌスラット・ファテ・アリ・ハーン
が参加してました。

STAIRWAY TO HEAVEN
(^^)
( ̄0 ̄)
(T-T)
(-_-;)
・・・・・・・・・・
輝くものすべてが黄金と信じている女性がいた・・・・・
(ToT)
この曲については何も語りません、皆さんの耳で確かめてくださいm(_ _)m

MISTY MOUNTAIN HOP
ジョンジーのキーボードで始まる軽快な曲ですが、そこはボンゾのドラム
が重厚さを加味していて「なんであのシンプルなセットでこんな音が出る
んだろう?」と真剣に考えましたw
ペイジのギターとプラントのヴォーカルがユニゾンするAメロのまったりした
中にも突き刺さるような刺激がお気に入りです(^^)

FOUR STICKS
文字通りボンゾが4本のスティックを握って演奏した曲、迫力のドラミング
に見え隠れするスティック同士が当たるカチカチという音が素敵です♪
ツェッペリン流変拍子というか、これほど5/4拍子というものが自然に
聴こえた曲も珍しいです。

GOING TO CALIFORNIA
ジョニ・ミッチェルに捧げたと言われますが、もともとはカリフォルニアの
地震を題材にしたナンバー。
その後、ペイジ達がミキシングのためLAに行ったとき地震に見舞われた
というエピソードもあります(^^;)
この後しばらくアコースティック・セットの中でも演奏されました。

WHEN THE LEVEE BREAK
こりゃーヘヴィなナンバーです(^^;)
ボンゾのドラム、ペイジのギター、ジョンジーのベース、さらにはプラント
のヴォーカル&ハープに至るまで「重い」ですw
曲の終わりのほうで音がぐるぐる回りますが酔いそうになっちゃいますね。
もともとはメンフィス・ミニーのブルースなんですが・・・原曲を聴いてない
んで詳しいことは判りません、どんなんだったんだろ(^^;)


4枚目のアルバム・ジャケットにはグループ名もタイトルも、何も入れない
でおこうと前から決めてたんだ、「ツェッペリン」という名前自体には意味
はないんだ、問題は中身さ。
                              -ジミー・ペイジ

と語られるように、目の敵にされていた世の評論家に対する彼らなりの
アンチテーゼというか、反骨精神みたいなのが後世に残る名盤を生み
出したんで今となっては有難いことだったようです(^^)

STAIRWAY TO HEAVEN」はロックを代表する永遠のスタンダード・・・・
この曲を追い越すような一曲が生み出されることを願っているのは実は
私たちかもしれませんね。

翌年秋、再度ツェッペリンは日本にやってきました。
10月2日の武道館を皮切りにスタートしたジャパン・ツアー、これが最後
になりました。
10月9日、大阪フェスティバルホールで行われた大阪公演、その空気を
共有することのできた私は・・・・・幸せ者でした。
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by shika_monologue | 2005-07-18 00:25 | 鉛の飛行船の話 | Comments(0)

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