萎縮と自粛

たしかに『自粛』はいいことだと思うけど・・・

必要なことまでやらないのは『萎縮』じゃないかな?

今ってなんか、企業も含めて『萎縮』しちゃってるような気がする。

腕が縮こまってたら、何も進まないと思うんだけど。

復興を願うなら、みんな動かないとダメでしょ。

一人ひとりが動かないと経済も動かない。

経済が動かなきゃ、復興なんてできやしない。

まあ巨人みたいに、どっからみても自己中な連中もいるけどね。

募金も大切だし、節約も大事だけどさ。

まずは『動くこと』、それが一番だと思うんだけどね。

なにかっていうとすぐに「不謹慎だ!」ってケチつけたがる輩もいるけど、

そう思うなら自分はメシも食わず、トイレも行かずじっとしてればいい。

そうしてることが「被災者のため」と思うなら、止めはしません。

でも私は特別な事がない限り、この記事で震災関係は打ち止めとします。

明日から新年度、新たな気持ちで新しい明日に向かって暮らさなきゃね。


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<こんな記事、見つけました>


「此処より下に家を建てるな」――。

東日本巨大地震で沿岸部が津波にのみこまれた岩手県宮古市にあって、
重茂半島東端の姉吉地区(12世帯約40人)では全ての家屋が被害を免れた。
1933年の昭和三陸大津波の後、海抜約60メートルの場所に建てられた石碑
の警告を守り、坂の上で暮らしてきた住民たちは、改めて先人の教えに
感謝していた。

      「高き住居は児孫の和楽、想へ惨禍の大津浪」

本州最東端のとどヶ埼灯台から南西約2キロ、姉吉漁港から延びる急坂
に立つ石碑に刻まれた言葉だ。
結びで「此処より――」と戒めている。

地区は1896年の明治、1933年の昭和と2度の三陸大津波に襲われ、生存者
がそれぞれ2人と4人という壊滅的な被害を受けた。
昭和大津波の直後、住民らが石碑を建立。
その後は全ての住民が石碑より高い場所で暮らすようになった。

地震の起きた11日、港にいた住民たちは大津波警報が発令されると、高台
にある家を目指して、曲がりくねった約800メートルの坂道を駆け上がった。
巨大な波が濁流となり、漁船もろとも押し寄せてきたが、その勢いは石碑
の約50メートル手前で止まった。
地区自治会長は「幼いころから『石碑の教えを破るな』と言い聞かされてきた。
先人の教訓のおかげで集落は生き残った」と話す。

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by shika_monologue | 2011-03-31 22:00 | BLACKな話 | Comments(2)

Commented by ひま at 2011-03-31 22:37 x
先人の言うことは聞いておくのがいいですね。
しっかり根拠があるのですから。
原発さえなければ・・・と悔やまれます。
でも、原発が無ければ…とも思います。
思うにつけ、政府に対して「何やってるんだ!」と怒りがこみ上げます。
Commented by 鹿さん at 2011-04-01 19:23 x
経験って大切。
推測だけじゃ現実には勝てやしません。
今回の震災がそれを証明してくれてますよ。
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