無駄を無くす・・・という、『無駄』

『失敗は成功の母』みたいなもんで、『無駄がない』ところでは何も生まれないんじゃないかな。

『無駄』というのは、ようするに『余白』だと思うんですよね。
『余白』があるからそれを埋めようといろんなことを考え、何か新しいことができる・・・
言い換えれば、『余裕』と言っていいのかもしれませんが。
昔はその『余白』がいっぱいあったと思います。
だからその中から『何か』が生まれて、進歩もしてきたし面白くもあったと。
それが今じゃ『無駄を無くす』ことを正義として、あれもダメ、これもダメのオンパレード。

結果どうなったかというと、目新しいことは起らず、世の中面白くもなんともない。
新しいものは確かにありますよ。
でもそれは『既存の技術』を応用したものにすぎず、新しい『発見』じゃないです。

人間って、もう枯れちゃったんですかね。
もしそうなら寂しいですが、まだまだ『何か』の可能性があると信じてみたいもんです。



と、いうような記事を書いててふと思い浮かべたこと・・・
以前にもちょこっと触れたけど、たくろうさんの『イメージの詩』の一説。

自然に生きてるって判るなんて、なんて不自然なんだろう

別になんの関連もないのに、なぜか過ぎりました。。
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by shika_monologue | 2015-01-13 19:48 | 閑話休題 | Comments(2)

Commented by himawarie-sun at 2015-01-14 11:29
息子と話していたんだけど
いろいろと“出尽くしちゃった”から
これから新しい物を創ろうと思ったら
難しいんじゃないかと。
昔は「不便」を感じて「こうだったらいいのにな」と
便利な道具を作ってきたけど
「便利」な環境が当たり前になった人々からは
新しい発想は出ないのかも。
挫折や失敗を恐れていたら特に。
失敗が許されない時代だから誰も冒険しないし
「安全な」生き方しか出来ないんだろうね。
Commented by 鹿さん at 2015-01-14 15:52 x
不便だからこそそれを払しょくしようと
いろいろ考えたもんですよねぇ。。
今だとなんだろ?
やっぱドライバーサポートと称してどんどん
中途半端になってきてる車かな?
なんだかなぁ・・・( ̄- ̄)
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