溢れるモノ

最近ね、欲しいものがいっぱいあってサイトとかもそゆの探していろいろ巡回してるんですね。
で、感じたことは「世の中、モノで溢れてるな~」ってことでした。

デジカメでもなんでもホント、迷うほどたくさんの機種があり、たくさんのサイトで紹介されてて
しかも今年の初めに出たのはもう古いです(^^;)
PCもそう、春モデルなんてもう過去のものになっちゃったりしてねw


その昔、ランドセルが壊れたら親父が一所懸命修理してくれてまたそれを背負って学校へ。
その頃はいやでしたね~、なんで新しいの買ってくれんねん!ってベソかいてました。
でも大人になって世の中の仕組みとかがわかってきて「モノの大切さ」ってのが身にしみて
くると・・・同じ様に壊れかけたモノを一所懸命修理してる自分がいますw

中学とか高校の頃って親父に似てくるのイヤじゃなかったですか?
大人になりたくないってのもあったのかもしれませんが・・・今はどうなんでしょ??


何かが壊れると・・・いや、壊れなくても・・・たとえば携帯電話とかだと新しいのが出たらすぐ
買い換える、愛着をもって使いつづけるってこと、少なくなってるんじゃないですかね?

子供の頃から「これ飽きた」って言えばすぐ親が買ってくれる、そういう人が多くなってるん
だと思います。
なんでも代替がきくと思ってるんじゃないかな?って感じることが特に増えてるような気が
します。
皆さんはそんなことありませんか?

だから「我慢」がない・・・私は若くはないですからw 今の人の考え方はよく判りませんが、
なんでもちょっとしたことですぐキレる。
殺伐とした事件もよく耳にしますよね?

先日の脱線事故の後でも置石やらなんやらのニュースが溢れてるし、集団自殺の記事
なんかも未だに見かけます。

ひょっとして今の人って、「命も代替がきく」と思ってるんじゃないでしょうか?
誰か殺したってまた生き返ると思ってるようにしか感じられない事件がいっぱいです。
それが現在の実像・・・なんでそうなったの?


前にこんなことがありました。
その日、振込みがあったんで郵便局に出かけた私ですが、前の席にじいちゃんばあちゃん
とその孫らしき一行がいました。
孫は局内を走り回ってます、まあそれはいいんですよ、別に・・・広いところにきてうれしい
のも判りますし自分もそうでしたからね。
で、あまりにうるさいもんだからそのじいさんがしたことは・・・

よく銀行とか郵便局とかいくと視力が悪い人用にメガネとか置いてるでしょ?
それを孫にもたせて遊ばせてるんですよ・・・
サスガに見かねて「それは皆さんが使うために置いてるんだから戻した方がいいんじゃ?」
って言ったんですね、そしたらそのじいさん、コチラを一瞥して「フン!」とのたまいました。
ばあさんは孫に「戻しとき、怖いおっちゃんに怒られるで」ですと。
そのあと「なんやのん、ちょっとくらいええやんか、うるさいな」ですよw

いやそうじゃないだろ、子供がそういうことしたら「それはオモチャと違うからやめときなさい」
じゃないんかい?それが大人ってもんじゃないんかい?
溢れるモノにたいして大人も感覚が麻痺してるんじゃないですかね、そんな気がします。

そのとき思ったことですが、このじいさんばあさん達・・・孫が大きくなって仮に人を殺しても
「ちょっとくらいええやんか」って言うんじゃないのか?って。
そんな年寄りを見てると、若い人が年金払わないのも判らんではないと頷いちゃいました。

教育って「教え育む」と書きますが、今は「教え」ることに偏ってしまって、まったく「育む」が
無視されているような・・・
そんな「育まれない子供たち」が大人になっていくこれからの世界、世の中に「溢れかえる」
のはなんなんでしょうね?
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by shika_monologue | 2005-06-02 00:39 | 閑話休題 | Comments(2)

Commented by 奈良の鹿 at 2005-06-02 09:00 x
車を運転するっていうのは、たとえば武装して一般社会に出ているのと
同じだと思ってます。
使い手が何かの理由で倒れてその影響下を離れたとき、武器は凶器
と化すわけでシートベルトは使い手を守る、すなわち周囲の人間を守る
ものだと・・・

鹿さんとしてはそういう解釈でできるだけ守るようにしてます(^^)
まあアレも習慣なんで、いつもしてるとね、してないと不安になるんですよw
Commented by なおゆき at 2005-06-03 00:05 x
なるほど。考えさせられますね。
しかし鹿さんが注意したことは素晴らしいですよね。
思ってもなかなかできることじゃないですから。
そういう人がいるだけまだ救われてるのかなと思います。
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