怪奇現象 プチ情報番外

奈良県生駒市 ウチの部屋w


プチ情報最後を締めくくるのは他でもない、ウチの部屋です・・・(^^;)
(もろもろ支障があるので地図ありませんw)

なんかね~、別にいろんなところに行かなくてもそういう体験はできるってことで。
見えたり聞こえたりする人がウチの部屋に泊まることはけしてお勧めしませんw


別に近くにお墓があるとか、いわくつきの土地だとかそんなことも無いみたいだし、
そこの交差点で事故が多いということもありません。
普通のアパートです。

ただ・・・年に2~3人、知らない人(?)が通っていきますw
それは男の子だったり女の人だったり・・・姿かたちが見えるわけじゃないんです
けど雰囲気で判っちゃったりします。
夜テレビなんか見てると視線の端っこのほうをなにやら光るものが横切ったり、
一瞬明かりがフッと暗くなったり(それは古いアパートだからかなw?)、そんな
ことも多々あります。

ま、そんなところに住んでるのも何かの縁なのかもしれませんけどね(^^ゞ
そして今年もお盆はやってきました・・・・・



んでは、最後に去年ウチの部屋で撮れたオーブなるものを一つ。
(オーブというのは霊が浮遊する状態が可視化されたひとつの現象だと言われ
てます。この写真は去年かんさんちでも貼ったヤツなんで見覚えのある方もw)

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てことで・・・べるさん、お待ちしておりますわ♪(^0^)
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# by shika_monologue | 2005-08-15 00:03 | 怪異の話 | Comments(0)

珍しいZippo

これは企業モノということなんですが、普通は定番に企業ロゴ入れたりメタル貼り
つけたり、というのが多いですね。
でもここまで企業イメージを打ち出したモノも珍しいかな?と。

Gibsonです。
ご存知のように有名なギター・メーカーですね(^^)
このZippoはそのGibsonギターに使われているマテリアルをそのまま使ったモノ。

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まあ、原型はスリム・タイプのZippoを木で巻いた1610Wというモデルなんですが
使われている木がローズウッド、「Gibson」のロゴが入ってます♪
コレはGibsonギターのフィンガーボードに使われている材と同じですね。
で、ボトムには白蝶貝を使ったプレートがついていて、そこにも「GIBSON」の文字
と製造番号が刻印されてます。
しかもその製造番号、ヴィンテージものと同じような構成が採用されている。
ギター好きの琴線を絶妙にくすぐるんですよ♪

ただね、高価ですよ(^^;) 定価で25000円だったかな?
完全限定で、もうほとんど市場には出回ってないものですね。

このシリーズには他にメープルのものやエボニーのものもありました。
でもスタンダード好きとしては・・・やはりローズウッドなんですよ♪


【ちなみに】
近年、Zippo社の規定が変わってボトムの「Zippo」の文字が隠れるような加工
はできないはず・・・てことは、このモデルももう作れないってことかな?
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# by shika_monologue | 2005-08-14 07:30 | Zippoの話 | Comments(1)

怪奇現象 プチ情報⑩

岐阜県各務原市 某旅館


仕事柄、以前はよく出張してまして割と田舎のほうへ行くことも多かったです。
まあ各務原を田舎というのは非常に失礼なほど大きな町ですが、サスガに夜遅くに
遊ぶところも少ない時代だったんで、仕事を終えて早々に宿に入ることにしました。

取引先の人に宿を予約してもらってたんですがそこはけっこう古そうな旅館で、情緒
は満点、古い建物が好きな私としては満足の行く宿でした。

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しかし古いということはそれだけ歴史があるということです・・・良くも悪くも。
そこは100円入れないと写らないテレビwで、ヒマだった私はフロントで両替した小銭
を一枚、また一枚と入れながらひさびさの布団に寝そべっていました。

ふと気づくと画面に移りこんだ背後の襖のむこうから何かが覗き込んでいるような気
がしました。
でも別に「怖い」とかそんな感じじゃないんです。

普通はそういうときは背筋がスーッと冷たくなるんですがそんなこともない・・・
どちらかというとほんわかとするというか・・・そんな感じがしました。
もちろん振り返っても誰がいるわけではないんですが、テレビを見ていると気配は
感じるんですね。

少なくとも人に害をなすようなモノではないということは判ったんで、古くからその旅館
に住んでいる「何か」だったのかもしれません。

モノは古くなるといろいろな精霊が宿るというか、人々の思念なんかが染み付いて
いるといわれますが、その旅館がけっこう流行っていたことを考えると怖いモノでは
ないということが判ります。

東北のほうではよく座敷童子の噂を聞きます。
私は実際に遭遇したことはありませんが、あんな感じなのかもしれませんね。
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# by shika_monologue | 2005-08-13 03:58 | 怪異の話 | Comments(2)

10年目によせて

今日は日航機が御巣鷹山に墜落した日ですね。
あれから20年、今年は2005年です。

よく考えてみると、阪神淡路大震災が10年前。
10年周期で大惨事が起きていることになります。


そう、今年は2005年なんですよ。
10年目です。

JRの事故がそうなのかもしれません。
もしかしたらもっと大きな「何か」が起こるのかも・・・


とにかくどれも沢山の方々が亡くなられています。
できればあと4ヶ月半、無事に終わって欲しいですね。
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# by shika_monologue | 2005-08-12 21:23 | 閑話休題 | Comments(2)

らうめん

今日は何も考えず、徒然っと書いてみよ(^^)


醤油、塩、味噌、タンメン・・・・そんなもんだったかな?私が学生の頃はw
それからトンコツが出てきて一気に全国に広まっちゃった。

でもチキンラーメンってカテゴリはなんだろう?
醤油でもなし、もちろん味噌なんかではさらさらなし・・・塩でもないよなぁ・・・・
タンメン?・・・いやいや、それでもないゾw

そもそもタンメンって本物はあまりお目にかかったことがない。
タンメンって「湯麺」?
だったら世のラーメンはほとんどタンメンだしな~(^^;)

一時期「バンメン」なるものがちょっと流行ったことがありましたよね?
お汁のないやつ、タレで食べるってやつですね。
あれはあれでけっこう好きだった。

ラーメンってやっぱり原型は中華料理なんですよね?
でももう日本で食べるラーメンは完全に和食だよな~・・・
カレーがそうであるように、たぶん原型は留めてないんでしょうね。

冷麺もそう、あれは・・・・韓国なのかな?焼肉屋さんにありますし。
「冷麺」と「冷やし中華」は別もんですよね?
冷やしラーメンってのもあるし、もう種類が多すぎてコンビニでも迷うときがあるw

ところで餃子ってみなさんどうやって食べます?
普通はタレとお酢とラー油ですよね?(タレにすでにお酢が入ってる場合もあるし)
でも私、お酢が苦手なんです・・・酢豚のように熱が通ってたらいいんですけど、生の
お酢ってどうも受け付けない。
だから餃子食うときは醤油とラー油だけで食べます。
お店によっては客席に醤油がなくてお酢の入ったタレしか置いてないときがある・・・
そんなときは迷わず「醤油下さいっ」って言うしねw


ああ、ラーメンの話しでしたよね?(^^;)

日本料理と化してしまったラーメンはその後「家系」だのなんだのって種類が増え
ちゃってますます訳判らんもんになっちゃってますが、誰だ?魚系スープなんか
入れたの。
しかもそれが人気出ちゃったもんだから皆こぞってダブルスープだのなんだのって。
煮干の匂いのするラーメンなんて大っキライだーーーーーっ!w

そゆもんが食べたかったらうどん食えっちゅねん!(爆)
食べ物はできればグローバル化しないでほしいなぁ~・・・

あ、でもね「盛岡冷麺」ってのは好きなんですよ♪(節操ないやつw)
あれはね、本場韓国風で食べると酸っぱいでしょ?w
だからなんだけどね(^^)


で、話しはアチコチ飛んでますが(前にも書きましたが)今は塩ラーメンの美味いの
探してるんですよ。
ちゃんと中華スープの塩ラーメンですね(^^)
関西じゃね、あまり無いんですよ、これが・・・
ていうか最近あまり食べ歩きしなくなっちゃったんで見つけられてないだけなのか
知れませんけど、トンコツ系のお店が多すぎw
誰か関西で美味しい塩ラーメンのお店知りません?
あったら教えてくださいね♪


しかし何も考えずに書いたら、ホントに意味判らん記事になっちゃった・・・・(^^ゞ
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# by shika_monologue | 2005-08-12 00:39 | 「食」の話 | Comments(3)

怪奇現象 プチ情報⑨

高知県某所 国道沿いの橋


出張で高知へ行ったときのことです。
夕方の飛行機で四国に渡り、着いたときにはもう日が暮れかけていました。

その日は移動だけだったんで早くホテルにいって落ち着こうと空港からタクシーに
乗り行き先を告げました。
ホテルは街の中心から少しだけ離れたところにあり、距離的にはけっこうあったん
で運転手さんといろいろ話しをしながら川沿いの道を走っていたんですが・・・

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それは川を渡る短い橋だったんですが、時間的にもまだ早く交通量はけっこうあり
ました。
しかしその橋に近づくにつれて例のイヤな感覚がだんだん強くなってきます。
そして橋を渡るとき・・・

歩行者もけっこういたんですが、その中の一人がヘンなんです。
見た目は普通の人だったんですが他の人たちと何かが違っていました。

なんなんだろう?と違和感の原因を探ってみると・・・

その人は欄干の向こう側を歩いているんです。
その人のこちら側に欄干が見えているんですね。

そんなおかしなことは無いんですよ、そもそもそんなに大きな橋ではないんで、
欄干の向こう側に歩道があるはずもなく、現実に他の人たちはちゃんとこちら側
を歩いているんです。

その人は川の上を・・・宙を歩いていたんですね、生身の人間ではないことは明
らかでした・・・
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# by shika_monologue | 2005-08-11 00:55 | 怪異の話 | Comments(1)

一番怖かった心霊ビデオ

写真と違ってビデオというものは動画です(当たり前ですがw)
それだけに心霊写真とはまた一味違う画像があったりするんですね。

有名なところでは、ビデオカメラを買ったばかりに人が友人とフザけていろいろ
写している中で襖の上のほうから何かがヌッと顔を出す、というのがあります。
ご存知な方もいるんじゃないでしょうか?
アレもなかなかに「来てる」ビデオではありました。

でも私が見た中で一番怖かったのはこんなのです・・・


場所は覚えてませんがどっかの山道だったと思います。
これまた友人同士でドライブに行き、なんか有名な心霊スポットだということで
ビデオを回していたみたいです。

そこは道の途中にかかる小さな橋で、欄干も低い感じのよく田舎道にあるよう
ななんの変哲もないところ。

ビデオを撮りながら車はじりじり進んでいきます。
が、なにかに気づいたように突然アクセルをふかしてバックしだすんですね。
その瞬間、カメラには右下の橋と欄干の間のところが映し出されるんですが・・・

ちょうど橋の下から匍匐全身のような体勢でよじ登ってくる白い人形(ひとがた)
が映し出されるんですね。
ホント「よじ登ってくる」という表現がぴったりなんですが、明らかにこの世のもの
ではありませんでした。
バックとはいえ車はけっこうなスピードで走っていくんですが「ソレ」はあんまり
離れていくようには見えないんですね・・・ヘッドライトがそこから外れても存在は
判るんですよ・・・というところでビデオは終わってしまいましたが。


ビデオの動画という特性、そして夜という暗さのため画像は鮮明ではありません
でしたが白いなにかの姿かたちははっきりと判っていました。

思えば比較的はっきりと写る写真と違ってビデオって独特の雰囲気があります。
しかしどちらも科学の産物というか・・・そういう技術的なものと心霊という、一見
無関係に見えるものが生み出す心霊写真、心霊ビデオというものは、それでも
明らかに存在するんですね。

銀塩写真のように化学反応によって印画紙に焼き付けられるものでも、そこに
写った姿が変化するものがあります。
どこかの幼稚園だかの卒園写真、集合写真のなかで3人の姿が徐々に薄れ
ていくというものもありました。
そしてそのうちの二人は連絡が取れず消息不明、あとの一人は亡くなっていた
という後日談があります。

ビデオやデジカメは記憶そのものが電気信号によるもの・・・銀塩写真以上に
そうした影響を強く受けるかもしれません。
デジカメお持ちの方は一度試してみてください。
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# by shika_monologue | 2005-08-10 00:02 | 怪異の話 | Comments(3)

大作

積極的に(?)社交的な場を避けてきたバンドにしては珍しく、このときメンバー達は
進んで脚光を浴び、自分達以外でレーベルが成功を収めたことを大いに喜んでいた。

彼らがゴールドやプラチナ・ディスクを獲得することは目新しくなかったが、所属する
アーティストが匹敵する人気を得るというのはまったく別の喜びであり、彼らもその
キャリアにあって新たな意欲をかきたてられた。


ツアーと無縁で過ごしていたメンバーで一番最初にステージに戻ったのはジョンジー
だった。
74年8月のフリー・コンサートでロイ・ハーパーデイヴ・ギルモアらと共演、翌月には
ペイジが米国でバッド・カンパニーのコンサートに参加している。

旗揚げしたばかりのスワン・ソングにあって、自身の6作目のアルバム・レコーディング
は何にも増して重要なプロジェクトだった。
73年末から開始された作業は、しかししっくり来なかったため棚上げにされ再開され
たのは74年2月に入ってからである。
ペイジは新しいアルバムについて

 次のアルバムにもやっぱり複雑な曲が入ることになるだろう、それとヤードバーズ
 時代にやっていたソロ曲を基調にしたアコースティック・ナンバーが入るかも。
 だけど大半はストレートなロックンロールに立ち帰ったものになると思う。

2枚組、全15曲におよぶ新作は70年代中期という時点でバンドが受けていた影響
の数々を提示する作品となる。
2枚目の冒頭を飾る「イン・ザ・ライト」のイントロからははっきりとインド音楽の影響が
窺えた。

しかし初期の段階でアルバムの中心的な曲とされていたのは、原題を「ドライヴィング
・トゥ・カシミール
」という大作だった。
この曲はもともとペイジが数年前から手がけていた「ギター連作曲」として自宅で録音
したテープに収められていたが、この連作曲からは他に「ブラック・マウンテン・サイド
や「ホワイト・サマー」、さらに未発表曲「スワン・ソング」などが生まれている。

近年、プラントは振り返っている。

 あの歌詞はゴウリマインからモロッコ南部のタン・タン、かつてスパニッシュ・サハラ
 と呼ばれた地域に至る長い道路からインスパイアされた。
 砂漠を縦断する一車線の道路だった、すごく荒れ果てた道でね、だんだん川の底
 を走ってるような気分になってくるんだ。
 「イン・ザ・ライト」など他にも2、3曲ほどいい歌詞はあるけどこれは極めつけだ。
 でも一番圧倒的なのはこの曲のムード、ボンゾがプレイを倹約してくれなかったら
 僕らはあんな傑作はモノにできなかっただろう。
 あいつが手数を抑えてくれたおかげであんなに上手く仕上がったんだ。

加えてペイジ

 オーケストラとメロトロンを合体させてギター・パートをそっくりそのまま弾かせると
 いうアイデアがあって。
 ジョンジーは全セクションをメロトロンの即興でプレイすると、最後のフェイドアウト
 のところに上昇音階のリフを追加したんだ。

後日、メンバーはこの曲こそがツェッペリンの真髄だったと口を揃える。

 この曲にはバンドに欠かせない全てが揃っているんだ。
                             -ジョン・ポール・ジョーンズ

複雑なジャケット・ワークにメンバー全員が納得するまでには様々な障害があり、
そのため新作の発売は半年間延期されたが、これらの事態も新作に対する世間
の反応をいささかも損ねなかった。

こうして1975年2月25日、彼らとしては初の2枚組大作「PHYSICAL GRAFFITI
が発売された。

                                    (つづくw)



【今回は】
ちょっと短めですがお許しくださいm(_ _)m
なにせ次は全15曲のコメント書かないといけないんでw
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# by shika_monologue | 2005-08-09 00:52 | 鉛の飛行船の話 | Comments(2)

怪奇現象 プチ情報⑧

東京都池袋 某ビジネスホテル


以前私用で東京へ行くことがあり当日に帰るのは無理だったため、一泊することに
してその日は池袋のビジネスホテルに宿泊しました。
急だったためけっこうホテルは込んでいて、何軒目かでようやく宿を取ることが出来
たんですが、サンシャインも見えるし幹線道路に面した比較的綺麗なホテルでした。

※ここで画像・・・と思ったんですが、解っちゃいそうなんでやめましたm(_ _)m

それでも階が高かったこともあり車の騒音もあまり響かず、ビジネスホテルにしては
部屋も広めで快適なところだったんです・・・それまでは。

夏場ということでけっこう汗かいてたんで、早々にシャワーを浴びて地元では見られ
ない関東の番組なんか見ながらくつろいでいたんですが・・・

翌日にはもう帰るだけだったので夜更かしをしてテレビを見たり本を読んだりしなが
らウダウダと過ごしていると、ユニットバスの明かりが点いていたんで「ああ、消し
忘れたかな?」と思い、明かりを消して時計を見るともう1時過ぎていたので寝るこ
とにしたんです。

夜中にふと目がさめて時計を見るとまだ3時ごろ・・・あれ?まだこんな時間か・・・
と思いながら寝なおそうとすると・・・

ユニットバスの明かりが点いていました。

さっき消したよな?と自問自答をしながらも少し気味悪くなったんですが、眠い目を
こすりながらもゴソゴソと起きだしてスイッチを切りました、ところが・・・

しばらくすると、また明かりが点いているんです・・・
もう諦めて点けたまま寝ることにしましたが、翌朝起きてみると明かりは消えてい
ました・・・

皆さんも旅行とかでホテルに泊まったとき、意味もなく夜中に目がさめたときは気を
つけてくださいね。
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# by shika_monologue | 2005-08-08 00:05 | 怪異の話 | Comments(4)

淡路島にて

阪神淡路大震災から、もう10年以上経ってしまいました。
実体験のなかであれほどの衝撃はなく、多くの方が亡くなりその後の復興の苦労
とか聞くにつれ、自然の怖さというものを痛感させる出来事でしたね。

直後は神戸方面や淡路島で関連の怪奇現象なども噂になったりしましたが、コレ
はそれよりずっと前のお話しです。


前に六甲でのイタズラについて触れましたが、同じころおバカな私たちはこんな事
もしてたんですねw

場所は某海岸、もちろん真夏のことで夏休みを利用した行楽客も多く来られていて
賑わう海水浴場で、またしても怖いもの知らずの私たちはその悪知恵をフルに働か
せてイタズラを決行しました。

まず二組に分かれ、一人にシュノーケルを装備させて浅瀬に潜らせます。
残った私たちは水際に座り、そのあいだを紐でつないで観光客が通りかかるのを
じっと待つんですね。

そして潜んでいる友人の前を誰かが通りかかったとき、それを確認した私たちは
紐を引っ張って友人に知らせます。

そこで友人は海からザバーッと現れて脅かすんですね(爆)

これはウケましたね~♪
潜んでいた友人は怒られても「ちょっと潜っていただけだ」と言えばそれ以上何も
言われなかったし、そのときは私たちは知らん顔してればいいだけだったんでw

でも考えてみれば浅瀬だといっても夜の海なわけですよ。
ひとつ間違えば事故が起こってもおかしくなかったんですが、やはり若い頃って
なんでもアリだったんですね(^^;)
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# by shika_monologue | 2005-08-07 07:46 | 怪異の話 | Comments(3)